ETERNAレーベルの音色の魅力
クラシック・レコードの世界には、各レーベルごとに独自の個性が宿っているものだが、東ドイツの国営レーベルであったETERNAは、他のどのレーベルとも異なる独特の音世界を築き上げた。
その最大の特色のひとつが、「重さ」と「暗さ」を帯びた響きである。
これは決して否定的な意味ではなく、むしろ音楽の奥深さを照らし出す陰影として、多くの愛好家を魅了してきた。(もちろん私も)
まず注目すべきは、録音そのものの哲学である。ETERNAのエンジニアは、過度なエコーや人工的な処理を避け、演奏会場の自然な響きをできるだけ忠実に捉えようとした。
特にクラウス・シュトリューベンをはじめとする名エンジニアたちの仕事は、直接音と残響音を無理なく融合させることで、奥行きのある音場を作り出している。結果として、音像が前に飛び出すのではなく、聴き手の前に深い空間が広がるような感覚を生む。この「奥に沈み込む音場」が、聴く者に「重み」を感じさせる大きな要因となっている。
いつだったか忘れたが、ザンデルリンクのフランクを初めて聴いたとき、そのぐっと重心の低い魅了され、手あたり次第にエテルナ盤を聴きまくったことを思い出した。
さらにETERNAの音は、中低域にしっかりとした厚みがあることでも知られる。西側のDECCAが華やかな高域の輝きを誇り、DGGが明晰さを重視したのに対し、ETERNAは楽器の基音、つまり胴鳴りや響きの芯の部分を捉えることに重点を置いた。そのため、弦楽器は柔らかくも沈み込むような重厚さを持ち、金管は輝きよりも地を踏みしめるような圧力を帯びる。ピアノ録音においても、煌びやかなアタックより、低音から中音にかけての質感の充実が印象に残る。これが「暗さ」と結びつき、華やかさよりもむしろ落ち着いた深みを備えた音調を形作っている。
こうした音作りは、マスタリングやカッティングの段階にも表れている。ETERNA初期の緑ラベルや白扇ラベルの盤は、無理に高域を持ち上げることなく、あくまでも自然なトーンで刻まれている。そのため、現代のオーディオ装置で聴いても耳に刺さることがなく、むしろ音楽が沈んだ色彩でまとまり、陰影を帯びた魅力を放つ。
この「重さ・暗さ」が演奏解釈に与える効果は計り知れない。
これはETERNAが作り出す「暗く沈む音の布地」があってこそ可能となった表現である。
もちろん、華やかな高域の伸びを求める耳には、ETERNAの音は地味に感じられるかもしれない。しかし、この抑制された音色こそが、音楽に陰影を与え、聴き手を深い内省へと誘うのだ。明るく煌びやかな音ではすぐに消えてしまうニュアンスが、ETERNAの重心の低い響きの中ではしっかりと息づき、長く余韻を残す。その「暗さ」は沈鬱ではなく、むしろ精神的な厚みを加える効果を持っている。
他のレーベルと比較してみれば、その個性は一層際立つ。DECCAが光に満ちたホールの輝きを、DGGが緻密な解像度を、EMIが柔らかい気品を表すとすれば、ETERNAは「重厚な陰影」をその本質としている。これは東独という政治的・文化的環境の中で、音楽を外向きの華やかさではなく、内面的な深みへと導いた必然の産物だったのかもしれない。
結果としてETERNA盤は、他にはない音色の魅力を放ち続けている。そこには誇張も装飾もなく、ただ音楽そのものが重みと陰影をまとって佇んでいる。聴き手にとってその響きは、単なる録音再生を超えて、時に演奏家や楽曲の魂に直結するような感覚を与えてくれる。ETERNAの「重さ・暗さ」は、決して欠点ではなく、むしろ音楽を深く味わうための扉を開く鍵なのである。