オーディファイルのためのLPガイド
金子 学
追悼 アルフレッド・ブレンデル
6月17日にピアニストのブレンデルが亡くなった。(享年94歳)
1931年モラヴィア(現チェコ)のヴィーゼンベルク生まれ。幼少期をザグレブやグラーツで過ごし、ほぼ独学だがエドウィン・フィッシャーらの講習会で研鑽を積む。17歳でグラーツにて自作も含む初リサイタル。1949年ブゾーニ国際コンクール入賞後、欧州各地へ活動を拡大し、60年代にはロンドンのウィグモア・ホールでベートーヴェン32曲ソナタ連続演奏を敢行。
録音はVOXを経てフィリップスと契約、ベートーヴェンのソナタ・協奏曲・変奏曲を世界で初めて全曲録音し、モーツァルト、シューベルト、リストにも大規模な全集を残した。構造把握の明晰さ、透明で節度ある音色、乾いたユーモアを帯びた知的解釈が持ち味。詩や随筆も著し、2008年には潔く演奏活動を退き、以後は講演・執筆で健在。また若手への助言にも熱心で公開講座も頻繁に行った。晩年はロンドン在住、名誉博士号やベートーヴェン・リングなど受賞歴も多い。
この略歴からもわかるように、彼のキャリアは、レコード(LP・CD)の歴史と共にあったと言ってよい。
それをちょっとふりかえってみよう。
彼の録音は、VOX時代(1960年代初頭)に始まり、ベートーヴェンのピアノソナタ全32曲、協奏曲全5曲、ディアベッリ変奏曲までを早期に網羅。70年代以降はフィリップスへ移籍し、ベートーヴェンをソナタ/協奏曲/変奏曲とも再録音した。モーツァルトの協奏曲はマリナー率いるASMF(アカデミー室内管弦楽団)と大規模に取り組み、シューベルトにおいては、主なピアノソナタのほとんどは3回録音、即興曲、四手連弾曲まで体系的に残す。リストは《巡礼の年》《葬送曲》《灰色の雲》など晩年の内省的作品を重視し、技巧な曲より思想性を示す選曲が特徴。さらにハイドンのソナタ選集やブラームスの協奏曲も収め、ライヴ録音の発掘・再発も2000年代まで継続。また、歌曲の伴奏などでも名盤を残した。全体として“全集志向”と構造の明晰さを示す選曲がブレンデルのディスコグラフィの核となっている。
しかしながら、なぜかショパンの作品は全く録音していない。(演奏会でもほとんど取り上げていない)
彼はショパンを「敬愛するが、自分の主要領域ではない」と位置づけ、商業録音も極めて少ない。ショパンをほとんど弾かなかった理由は嫌悪ではなく、ベートーヴェンやシューベルト後期作に比べ自らの核心課題に置かなかったためで、プレリュードを「ベートーヴェンとシューベルト以後でもっとも栄光ある達成」と評している。
そのあたりも彼らしいと言っていいだろう。(バッハの「平均律」の録音もない)
彼の演奏の特色は私にすると、
「究極の”普通”」
にあると言っていいだろう。
彼の演奏を聴くと、それがベートーヴェンであれシューベルトであっても、どれもが「普通」に聴こえてくるであるが、それが決してノーマルでつまらないわけではなく、とびきり美しく、そして作曲家の意図が明確にされているのだ。そのあたりは、彼が音楽家としてのキャリアを「作曲家」と「ピアニスト」としてスタートしたことと関係あるかもしれない。
そのような意味では、数年前に惜しくも世を去った名指揮者ハイティンクとも共通点があるかもしれない。(事実この二人は共演も多く、ベートーヴェンの協奏曲ほかでは名盤を残している。)
私はベートーヴェンやシューベルトの名曲をあるがままに味わいたい時には、ほとんどいってもいいくらい彼のLPやCDを聴く。そうすると、「ほかのピアニスト達はどんな風に弾いているのかな?」とどんどん興味がわいてくる。彼の演奏は、私にとって永遠のリファレンスであり、「芸術の面白さ」を教えてくれる先生のような存在であった。
ご冥福をお祈りいたします。
自主製作LPの楽しみ
今でもベルリンフィルを始め、オーケストラや放送局で自主製作のCDが数多く制作されているが、LP時代でも、特に放送局を中心に自主製作のLPが数多くリリースされ、いまでも一部の音楽ファンやオーディオファイル達がそれらを熱心に探している。
例えば、このチェリビダッケ指揮のブルックナーの交響曲第7番。録音当時(1971年)の彼はレコーディングやLPのリリースを頑なに拒み続けていたのであるが、この頃彼が音楽監督として仕事をしていた南西ドイツ放送交響楽団の25周年ということで、「しぶしぶ」リリースを許可した貴重なLPである。このLPは一部の放送局や楽団関係者に配布された限定盤で非常に入手が難しい。
演奏は壮年期の彼らしく、晩年の演奏に比べ気迫に満ちた素晴らしいもの。また後日出た同演奏のCDに比べ、みずみずしい音色も非常に魅力的である。ライヴならではの臨場感が心地よい。
また、カラヤンとベルリンフィルの「英雄」も見事だ。これは、ベルリンフィル創立100周年記念演奏会のライ。
いつものDGGの録音とは趣の異なった、緻密な中にもライヴ特有の熱っぽさが加味された名演となっている。(この演奏はDVDでも楽しめるが、音質はこちらの方が数段上)
このように今となってはCDでもなかなか聴けない歴史的な名演奏・名録音が自主製作LPの中には数多く埋もれている。
ご興味のある方は、ぜひ一度当店のホームページををご覧ください。
(ベーレンプラッテ店主)