ニューヨークからウィーンへ──巨匠が辿り着いた、最後のベートーヴェン像
今からおよそ四十年前、私が大学生になりたての頃の話である。
新聞や雑誌で大きく取り上げられていたニュースに私は胸を高鳴らせた。「バーンスタインがウィーン・フィルとベートーヴェン交響曲全集を録音し、ついに発売される」。
カラヤンやベームといった巨匠がDGでベートーヴェン全集を出すことは普通の出来事だったが、バーンスタインが、しかもウィーン・フィルと組むと聞いた時の驚きと期待は格別で、その半面ちょっと違和感を持った。 このLPセットが入荷したと聞いて、私はいてもたってもいられず、大学近くの輸入レコード店へと駆け込んだ。店頭に積み上げられた重厚な箱セットは、まるで宝物のように輝いて見えた。学生にとっては決して安い買い物ではなkったが、迷いなど感じなかった。大きな袋を抱えて帰宅し、急いでターンテーブルに盤をのせ針を落とした。
最初に流れ出したのは、第1番の明るい響きと今でも覚えている。
鮮烈だったのは、ウィーン・フィルの弦の柔らかでのびのびとした音、木管の温かいニュアンス、そしてムジークフェラインの黄金の響きが、スピーカーからあふれ出てきた瞬間の驚きである。
ニューヨーク・フィルとの旧全集では味わえなかった、ヨーロッパ的な気品と柔らかさがそこにあるのを私は強く感じた。
ご存じのようにバーンスタインは、感情の起伏を大きく表に出す指揮者である。テンポの揺れ、強烈なアクセント、突然の沈黙――彼独自の人間的な表現が、ウィーン・フィルの伝統的な奏法と結びつくことで、古典作品が生き生きと語りかけてくるようである。第7番のリズムの高揚、第5番のドラマティックな緊張感、そして何より第9番《合唱付き》の圧倒的なクライマックス。あの時レコードに耳を傾けながら、私は「これはただの全集ではなく、バーンスタインという一人の人間がベートーヴェンと向き合った記録なのだ」と強く感じた。
この全集は当時から賛否を呼んだ。過剰すぎると批判する声も確かにあったが、若い当時の私にとっては、その過剰さこそが胸を打ったことも事実。
音楽は理屈ではなく、感情そのものとして存在し得るのだと、バーンスタインが教えてくれたように思った。
それから約四十年、時代も変わり、それ以降ベートーヴェン全集は数え切れないほど新しく録音されてきた。しかし私の中で、あの日レコード店に走り、針を落とした瞬間の記憶は色あせることがない。箱を開けた時の紙の匂い、レーベルに輝くドイツ・グラモフォンのロゴ、スピーカーからあふれ出した熱気。あの体験は今も私の中で生き続けているのだ。
このバーンスタイン/ウィーン・フィルのベートーヴェン全集は、単なる音盤ではなく、時代の空気と私自身の青春を刻み込んだ宝物だったことを思い出した。
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