クナッパーツブッシュ/ブルックナー:交響曲第8番 ミュンヘン・フィル(独CBS S 72486/487, Stereo 2LP)
ハンス・クナッパーツブッシュがミュンヘン・フィルを指揮して録音した《ブルックナー:交響曲第8番》は、彼の最後期における最も重厚な遺産の一つであり、本盤はそのヨーロッパ初出盤にあたる。
録音は1963年1月29日、ミュンヘンのバヴァリア・トーンシュトゥーディオにて行われ、ウェストミンスター・レコード(Westminster Recording Co., Inc., New York)が制作した。すなわち、本録音の真正の原盤はアメリカのウェストミンスターに属し、独CBS盤はそのマスターを使用して発売された**ドイツ国内向けの初出盤(ライセンス盤)**である。
当時、ウェストミンスターは戦後アメリカにおける独立系クラシック・レーベルの雄として、ウィーン・フィル(国立歌劇場管弦楽団)やバリリ四重奏団などとの録音を多数手がけていたが、1960年代初頭には経営難に陥り、音源管理の一部がヨーロッパの系列会社や提携レーベルへと移管された。
クナッパーツブッシュのこのブルックナー録音も、その過渡期に行われたもので、録音自体はウェストミンスターが主導したものの、発売は翌年にドイツCBSから行われた。したがって本盤は「CBSロゴ」を冠しながらも、ジャケット裏面には “℗ 1963 Westminster Recording” と明記されており、制作主体がウェストミンスターであったことが確認できる。
この録音は、ブルックナー第8番の改訂版(シャルク/オーベルライトナー版)を使用したもので、ハース版・ノヴァーク版が一般化する以前の、クナッパーツブッシュ独自の演奏伝統を伝えるものとして資料的価値が高い。全体に重心の低い構築で、終楽章の金管の咆哮には彼ならではの威厳と荘厳さが漲る。録音はステレオ初期のアナログながら、中低域に厚みと温度感があり、ウェストミンスター録音陣の特徴である自然なホール残響と音の「肉付きの良さ」をよく保っている。CBSの欧州マスタリングはやや引き締まったバランスで、後年の再発盤に比して奥行きの深さと音像の重心が優れていると評される。
本録音はのちにアメリカではウェストミンスター本社から WST 17017/8(2LP) の番号で発売され、これが真正のオリジナル・プレスとされる。独CBS盤(S 72486/487)はそれに続く形でヨーロッパ市場に登場した最初の版であり、言い換えれば**「アメリカ原盤による欧州初出盤」**である。
クナッパーツブッシュにとってこの録音は、生涯最後期のスタジオ・セッションであり、彼のブルックナー観を総括する一枚として重要である。テンポは遅く、全体に雄渾な気迫を湛え、ライヴ特有の粗削りさよりもむしろ瞑想的な深みを感じさせる。1960年代初期のヨーロッパ録音史の中でも、ウェストミンスターとCBSという二つの潮流が交錯した、きわめて象徴的なアルバムといえるだろう。