シューリヒトのブルックナー/交響曲第3番を聴いて

シューリヒトのブルックナー/交響曲第3番を聴いて

シューリヒトのブルックナー/交響曲第3番のLP試聴記です。

シューリヒト × ウィーン・フィル × ブルックナー第3番 ——「静かな異端」にして最高峰の1枚

カール・シューリヒト指揮ウィーン・フィルによるブルックナー交響曲第3番(1963年録音・EMI)は、同コンビによる第8番・第9番の圧倒的な名声に比べると、どうしても「地味な存在」として扱われがちである。実際、市場においても8番や9番に比べて回転率は高くなく、商業的にはやや不利な位置づけにあることは否定できない。しかし、こと音楽的価値という一点においては、この第3番こそが最も“シューリヒト的”であり、最も純度の高いブルックナー解釈であると言って過言ではない。

シューリヒトのブルックナーは、重量級の造形美や宗教的陶酔とは根本的に異なる。彼の関心は常に「構造」と「流れ」にあった。テンポは滞らず、音楽は自然な呼吸の中で前進し続ける。第3番において、この美学はとりわけ鮮明である。ブルックナーの中でも構成が複雑で、稿の問題も多く、しばしば「扱いにくい交響曲」とされるこの作品を、シューリヒトは一切の誇張なく、しかし極めて明晰に彫琢してみせる。巨大な音の塊としてではなく、論理と推進力を備えた“生きた交響曲”として立ち上げている点こそが、この録音最大の価値である。

第1楽章は、冒頭からすでに重苦しさがない。テンポは自然で、和声の移り変わりが実に見通しよく響く。ウィーン・フィルの弦の柔らかさと、金管の抑制された輝きが相まって、音楽は壮大でありながら過度に肥大化しない。第2楽章アダージョにおいても、感傷に溺れることなく、あくまで静かな瞑想として音楽が進行する。その佇まいは「祈り」というよりも、むしろ**老指揮者が到達した“静かな確信”**と呼ぶべき境地である。

そして圧巻は終楽章である。シューリヒトはこの楽章を、力業で押し切るのではなく、徹底してリズムの推進力で築き上げる。ウィーン・フィルのアンサンブルは驚異的に引き締まり、音楽は最後まで緊張を失わない。ここにあるのは、フルトヴェングラー的な巨大な情念でもなく、ヨッフム的な敬虔さでもない。あくまで即物的で、透明で、しかも異様に鋭いブルックナーである。

一般的な人気という点では、第3番は第8番・第9番に及ばない。しかし逆に言えば、この作品にこそ「シューリヒトという指揮者の本質」が最も純粋な形で刻まれている。装飾を排し、構造と流れだけでブルックナーを語り切るという、極めて希有な解釈。派手さはないが、聴けば聴くほど逃げ場のない説得力をもって迫ってくる名演である。

第8番や第9番をすでにお持ちの方にこそ、ぜひこの第3番を並べて聴いていただきたい。そこには、シューリヒトの芸術の「核」が、最も純度の高い形で刻まれている。

LPの詳細はこちらから
英EMIオリジナル盤

独EMI初期盤