クラシックLPの醍醐味のひとつは、同じ演奏・同じマスターであっても、プレス国やレーベルによって音の表情が驚くほど異なることにある。
その好例として、エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルによるチャイコフスキー《交響曲第6番「悲愴」》を挙げてみたい。
1956年6月、ウィーン・ムジークフェライン大ホールで収録されたこのモノラル録音は、ドイツ・グラモフォン(DGG)から発売されたもの(LPM 18334)と、同じマスターを用いて東独ETERNAから発売された盤(820023)とが並行して存在する。
ちょうど両者の在庫がったので聴き比べてみよう。
DGGプレスの特色と魅力
まずは、DGG盤。いわゆる“ALLEチューリップ”レーベル期に当たる初期プレスのLP。
音質的にはドイツ・グラモフォンならではの明快さと硬質さが際立ち、各楽器の輪郭がくっきりと浮かび上がります。金管は鋭く突き抜け、弦はややエッジを感じさせながらも透明度が高い。モノラルでありながらも、音場の見通しが良いのはDGGエンジニアリングの強みと言える。ムラヴィンスキー特有の緊張感ある指揮スタイルと、ドイツ的なクリアな録音アプローチが結びつき、極度の集中力を持った演奏が輪郭鮮明に記録されている。
コレクター的には、DGGオリジナル盤はやはり別格の価値を持つ。欧州でも良好なコンディションは少なく、国内市場では高額取引されるケースが多いのも特徴。ジャケット裏面の印刷年(1957年7月など)が確認できるものは初出期を示す指標となり、状態と版の違いが価値を左右する。
ETERNAプレスの特色と魅力
一方で、ETERNAプレスは同じマスターを使いながらも、音の印象は大きく異なってくる。
東独ETERNA独自のカッティングは、音に独特の“重さ”と“暗さ”を感じる。
弦の響きはより濃厚で、低音はずしりと床を這うような重心の低さ。金管もDGG盤の鋭利さとは異なり、やや柔らかく厚みのある響きに変化する。その結果、全体の音場は平面的ながらも「まとまり」と「悲愴感の深さ」が際立ってくる。まさにETERNA的なトーンカラーで、同じ演奏をより情緒的に聴かせてくれるのだ。
コレクター的には、ETERNA初期の麦の穂や扇マーク期の盤は入手困難で、最近では価格も上昇傾向。かつてはDGG盤に比べて手が届きやすいとされていたが、東独プレス特有の“陰影の美”に惹かれるファンが増え、世界的に再評価されつつある。
DGGとETERNAの比較まとめ
両者を聴き比べると、その違いは明快。
-
DGG盤は明快で分析的、演奏の切れ味や緊張感を鮮やかに描き出す。
-
ETERNA盤は重厚で陰影深く、音楽の悲愴性をより強調する。
同じムラヴィンスキーの《悲愴》でも、ドイツ的クリアさと東独的重厚さという対照的な表現が楽しめるのです。どちらが優れているという問題ではなく、演奏をどのように味わいたいかで選択が変わると言ってもいいだろう。
結び ― コレクターにとっての醍醐味
クラシックLPの世界は、同じ録音でもラベルやプレス国の違いによって全く異なる魅力が立ち現れる。ムラヴィンスキー《悲愴》のDGG盤とETERNA盤の比較は、その一例にすぎない。
DGG盤はオリジナルとしてのブランド力と明晰な音、ETERNA盤は東独独自の音響美と濃密なトーン。それぞれに一長一短があり、両方を揃えてこそ理解できる魅力も十分。
当店ベーレンプラッテでは、ファンの方々にこうした希少盤を実際に手に取り、聴き比べていただけるよう多数の在庫をご用意しています。ぜひページをご覧いただき、この「同じ名演が二つの顔を持つ」不思議な体験を楽しんでいただければこの上ない喜び幸いです。